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ふるさと相生再発見書籍版

四半世紀を経て、生まれて育った町に帰り、こどもの頃に見た風景・聞いた音・不思議に思っていたことを思い出しながら、相生を歩き相生の歴史を調べています。相生での週末も十年になり、このあいだにふるさと相生について再発見したことをブックレットにしてみました。

ギャラリー

00.ふるさと相生再発見

 業ヲ子孫ニ譲リテ 
 世ヲ背キ 空舟ニ乗リ 
 西海ニ浮カビ給イシガ 
 播磨ノ国南波尺師ノ浦ニ寄ル
 蜑人 舟ヲ上ゲテ見ルニ 
 化シテ神トナリ給フ

 金春禅竹は、能の秘伝書「明宿集」のなかで秦河勝の相生湾漂着をこのように語ります。写真の中央、尺師の浦には大避~社、遠くに見える高峰三濃山には求福教寺があり、秦河勝をお祀りしています。
 この地は秦氏によって開発され、美福門院によって矢野荘になりました。明治時代、唐端清太郎が地域の未来を託して小さな造船所を設立、播磨造船所の興隆とともに中世矢野荘は再統合されて相生市になりました。
 瀬戸内海から深く入り込んだ相生湾では、初夏になると、造船所が相生にもたらした文化、ペーロン競漕が行われています。

以下は、相生いきいきネット発行の「ふるさと相生再発見」をWEBにしたものです。

まえがき

 本町商店街のなかにある実家に、祖父が残した一箱の古い写真がありました。十年ほど前、ふと思い立って、その写真について調べ始めました。当時、県立須磨友が丘高校で「フィールドワーク相生」という企画があり、その準備のために旧市内を歩きまわりました。そして、それが縁になって、相生まちづくり塾の人たちと知り合い、今は、相生いきいきネットの映像アーカイブで、古写真・古絵葉書の整理を担当しています。
 あれから十年、興味の向くままに、「矢野荘入門」「三濃山の魅力」などの講演をしたり、「ふるさと相生の二十世紀写真集」「播磨造船所進水記念絵葉書写真集」「矢野ふるさと散歩」という写真集を作ったりしてきました。
 私は、旭幼稚園・旭小学校・双葉中学校・龍野高等学校と初めの二十年を相生で過ごし、県内を転々とした後、ここ十年は週末を相生で過ごしています。数えてみると、人生の半分を相生で暮らしていることになるのですが、ようやく相生という町が理解できてきたような気がしています。
 「フィールドワーク相生」という企画によって、多くの人と知り合いになりましたが、そのなかの一人に菅谷教順寺の清水住職がいます。このたび、その縁で、相生市仏教会の講演会でお話しすることになりました。その準備のために原稿を書いていて、思いついたテーマが「ふるさと相生再発見」です。
 人間、生まれて育ったというだけでは、ふるさとを理解するというわけにはいかないようです。私も、十年にわたり、相生という町がどのようにして成立したのか、これからどのようになっていくのか、考えながら、歩いたり・読んだり・話したりして、ようやくここまでたどりつくことができました。
 この小冊子は、仏教会の講演会でお話ししたことを文章化したものがベースになっています。読み物として再構成するにあたっては、海老名系図と明宿集に関する記述を増やしました。市史によれば、海老名氏が源義家の裁決で相生に来たことも、秦河勝が空舟に乗って相生に漂着したことも、史実ではないとされています。では、何故、海老名系図の作者や金春禅竹は、伝承を創作したのでしょうか。「ふるさと相生再発見」を書きながら、二つの伝承と求福教寺を結びつけて、ちょっとした謎解きをしてみました。
 この小冊子は、相生市史を記述の裏付けとして用いており、できるかぎり歴史書としての正確さを考慮しました。しかし、この謎解きでもわかるように、私の主観や感想を大いに交えたものでもあります。それを了解して読んでいただければ、相生のコンパクトな通史になっています。
 私は、二十世紀の相生のまちづくりは素晴らしいと思っています。点在する村々をまとめ、県立高校を二校も擁する小都市に育てた先人の智恵に学ぶことは多くあります。
 造船不況から二十年あまり、相生は苦しい時代を過ごしてきましたが、「造船の町相生」もようやく歴史になろうとしています。市制70周年をむかえ、二十一世紀は新しいコンセプトによるまちづくりが進むことでしょう。
 この小冊子が、二十一世紀の相生のまちづくりに、少しでも貢献できるとすれば、こんなに嬉しいことはありません。

 NEXT

相生市仏教会の講演会の後、仏教会・海の勇者マガキ実行委員会の皆さんと一緒に写しました。。

書籍版ふるさと相生再発見

カラー写真・白黒写真を2頁に1枚の割合で入れた、読みやすいブックレットです。古代の条里制から、中世の矢野荘、近世の幕藩体制、近代化と播磨造船所、そして相生市の20世紀から21世紀へとコンパクトな通史になっています。相生とは、どのような歴史を持つ町なのだろうと思っている人に読んでもらいたいと思っています。 
2012.09初版
A5版84頁(部分カラー) 500円

ふるさと再発見への視座
00 ふるさと相生再発見まえがき
01 相生の歴史を語る二枚の地図
02 矢野と矢野村 あいおいとおう
03 大正初期の西播磨
04 池田輝政の播磨統治
矢野荘の歴史
05 相生市の歴史的ルーツ
06 相生市のルーツ矢野荘
07 奈良時代の相生
08 矢野荘の開発
09 矢野荘の成立
10 荘園の権利関係
11 惣荘と浦分 例名と別名
12 地頭海老名氏の矢野荘進出
13 鎌倉時代から南北朝の矢野荘
14 室町時代から戦国時代へ
15 姫路城築城と国人地侍の再編成
16 江戸時代の矢野荘
播磨造船所の興隆と相生市の成立
17 鉄道の開通
18 大正初期の相生
19 唐端清太郎と播磨船渠
20 鈴木商店の進出
21 播磨造船所の企業城下町
22 市制施行と戦後の市域拡張
23 相生に中等教育機関を
24 市立相生高校と県立相生高校
25 市史の発行とIHIのリストラ
26 播磨造船所と相生市
27 二十世紀、相生のまちづくり
28 浦山桐郎監督が見た相生
文化を受けつぎ未来への構想
29 二十一世紀の相生市へ
30 相生のアイデンティティ
31 金春禅竹の秘伝書「明宿集」
32 秦河勝の足跡を探るT 大避~社
33 秦河勝の足跡を探るU 犬塚
34 秦河勝の足跡を探るV 求福教寺
35 1 相生の文化 古代 磐座神社
35 2 相生の文化 中世 海老名盛重
35 3 相生の文化 近代 ペーロン
36 相生は人間に適した大きさ
37 求福教寺をふるさとの象徴に
38 あとがき 年表
ふるさと相生再発見新着情報
PDFを追加しました。
印刷を可能にしています。
 ふるさと相生再発見P00-32 PDF
 ふるさと相生再発見P33-54 PDF
 ふるさと相生再発見P55-83 PDF
 ふるさと相生再発見 表紙 WORD

profile

平日は神戸で仕事、週末は相生で「相生いきいきネット」や「相生歴史研究会」のメンバーとして活動しています。
matunko@aioi.name