相生の観光地ランキング

地域史マニアが選ぶ相生の観光地 TOP10

0位 一泊二日、歩いて感じる二千年の時の流れ

相生市は皇室領矢野荘と同じ領域にある小都市です。荘園都市あいおいには、古代の秦河勝信仰、中世の矢野荘、近世の旗本浅野家と大石内蔵助、近代の播磨造船所と日本史のすべての時代が含まれています。荘園都市あいおいを歩き、時間の流れを体感しましょう。日本史まなびツーリズムこそ相生観光の真髄です。歴史好みのご夫婦や少人数のグループに薦めます。

1位 矢野荘政所跡周辺と大避神社

 

矢野荘は中世研究者が「宝石箱」と称え、史学科の学生がフィールドワークに訪れる有名な荘園です。1137年、皇后美福門院が成立させた矢野荘の政所は若狭野町下土井辺りにありました。鎌倉末期、領家と地頭が下地中分を行い、領家方は東寺に寄進されます。南北朝から室町にかけて、東寺・悪党・寺田法念は矢野荘の支配をめぐって争いました。その舞台となった下土井大避神社は「聖地」と呼ぶ研究者がいるほど、知る人ぞ知る歴史スポットです。

2位 旗本浅野家の若狭野陣屋

 

赤穂浅野藩初代藩主浅野長直は、娘が大石家に嫁いで生まれた浅野長恒を養子にして分家させました。忠臣蔵で浅野赤穂藩が断絶した後も、浅野隼人家は旗本として幕末まで続きます。若狭野陣屋は敷地がほぼすべて残り、江戸時代後期に建築された札座が現存しています。十年前、赤穂藩上屋敷から旗本浅野家が引き継いだ文書が発見され研究が始まっています。史跡にも文化財にも指定されることなく、地元の人たちの生活のなかで保存されてきた歴史スポットです。

3位 三濃山求福教寺と犬塚

 

相生市の北端、三濃山の山頂に求福教寺があります。平安時代、秦河勝を偲んで建立され、源義家の保護をうけて栄えました。山岳仏教の聖地で今も自動車で行くことはできません。高度経済成長期、三濃山村から人が去り寺は危機を迎えましたが、篤志家が私財を投じて再興しました。能下の犬塚は中世の五輪塔です。秦河勝を守って命を落とした忠犬のために河勝が卒塔婆を立てたという伝承から、犬塚の辺りを三本卒塔婆と呼びます。

4位 瓜生の羅漢石仏

 

飛鳥時代、物部氏の仏教迫害を逃れて矢野に住んだ恵便が刻んだという伝承のある羅漢石仏。「羅漢さん」と親しまれ、周囲は羅漢の里として整備されています。夏はキャンプ場として子供たちの声が響きます。石仏は学術的には中世のものと考えられています。石仏のある石窟には、巨大な岩の狭間を抜ける石段を登っていきます。原始の巨石信仰が仏教に融合して生まれた霊的なスポットです。

5位 感状山城(国指定史跡)

 

南北朝の争乱期、九州に敗走した足利尊氏を追って新田義貞が播磨に侵攻しました。赤松則祐はこの城で新田軍を釘付けにし、この間に勢力を挽回した足利尊氏が湊川の戦いで楠木正成を打ち破ります。この功績により足利尊氏が赤松則祐に感状を与えたことから感状山城の名がつきました。戦国時代の改修で石垣が築かれており、実戦に使われた城ということあって、山城マニアに人気のある城です。

6位 鈴木商店と播磨造船所

 

第一次世界大戦中、鈴木商店が相生に進出、播磨造船所を拡張しました。鈴木商店は藪谷に大規模な社宅街を建設します。佐多稲子は少女時代を相生で過ごし「素足の娘」で近代化していく相生の姿を描いています。20世紀、播磨造船所は相生の町と盛衰をともにしました。社宅街や商店街、播磨病院、大本百松邸跡など相生の町を歩きますと、日本社が工業化していった時代を伝える風景に出会います。

7位 秦河勝漂着の地(南波尺師浦)

 

金春禅竹が著した能の秘伝書「明宿集」は、秦河勝の漂着譚を「業ヲ子孫ニ譲リテ世ヲ背キ、空舟(うつほふね)ニ乗リ、西海ニ浮カビ給イシガ、播磨ノ国南波尺師ノ浦ニ寄ル」と記します。尺師の浦は相生湾に突出した岬でした。海は埋め立てられましたが、イオンタウンと中央公園の間に細長く尺師の浦が残り、秦河勝を祀る大避神社があります。尺師の浦の先端はペーロン城の駐車場です。駐車場は、実は「秦河勝が化して神となられた」パワースポットなのです。

8位 磐座神社

 

矢野から三濃山トンネルを通り光都に向かうテクノライン沿いにあり、相生で最古の由緒をもつ神社です。原始の巨石信仰の流れをくみ、古代赤穂郡四座の一つ、矢野荘の総鎮守として信仰を集めてきました。ご神体は矢野の神山。神山の麓に社殿と坐光石があります。境内にコヤスの木が自生しています。近年は紅葉の美しい撮影スポットとして知られるようになりました。

9位 海老名氏の神社

 

鎌倉時代、相模の国から海老名氏が地頭として赴任してきます。海老名氏は矢野荘の海岸部である浦分を勢力圏とし、三つの神社を創建しました。那波八幡神社は鎌倉の鶴岡八幡宮、旭の弁天社(厳島神社)は江ノ島弁天を勧請しています。相生天満神社は陣中に流れ着いた菅原道真公の木像をお祀りしたことから始まりました。矢野荘の主要な信仰は、北部は秦河勝を祀る大避神社、南部は海老名系の神社です。

10位 和泉式部雨宿りの栗

 

那波得乗寺の中庭にある枝垂れ栗。雨宿りの栗と呼ばれていています。和泉式部が娘の小式部内侍を尋ねて矢野荘を訪れたとき、にわか雨に遭って栗の木の下で雨宿りをしました。すると栗の木が枝垂れて和泉式部を雨から守ったという伝承があります。枝垂れ栗は昭和20年代まで相生を代表する観光地でしたが、現在は非公開になっています。そこで、暫定的に10位にしました。

番外 大ちゃん地蔵と西法寺

 西法寺

ど根性大根で一世を風靡した大ちゃん。有名にはなりましたが、世界一の造船所を誇りにしてきた世代からは「相生も大根の町になってしまった」という声が。地域史マニアの私は「町の歴史や文化を地道にアピールした方が」と思います。大ちゃんが生えた場所に近い那波野西法寺に地蔵があるのはご愛敬。西法寺の門は旗本浅野家の若狭野陣屋から移築された陣屋門です。文化財を修復保存してきた西法寺の努力に感謝。

ドライブ観光編 万葉岬、ペーロン城

揖保川から千種川の間は、近年、牡蠣の産地として知られるようになりました。西播磨なぎさ回廊というドライブ観光コースになっています。ドライブやツーリングで相生を訪れる方には、なぎさ回廊が最適です。パンプレットはこのサイトからダウンロードできます。江戸時代、なぎさ回廊には、東から室津港、那波港、坂越港という三つの商港がありました。

室津

 

古代から良港として栄えた室の津。遊女発祥の地とも伝えられ、竹下夢二が愛した港です。江戸時代の参勤交代では、西国大名が室津に上陸して室津街道を北上し、西国街道に入って上方に向かいました。右は賀茂神社です。今の室津は漁港として賑わい、豪商の邸宅を生かした資料館など歴史散策を楽しむことができます。

相生

 

相生湾の先端にある万葉の岬。播磨灘を見渡す景色がすばらしく、1970年代に相生の観光地にすべく国民宿舎(今のホテル万葉岬)や椿園が作られました。岬の頂にあり、ドライブやツーリングで多くの人が訪れます。右はペーロン城、二階にペーロン温泉があります。

坂越

 

坂越は千種川と瀬戸内海を結ぶ赤穂藩の商港です。豪商奥藤家の本拠地で、奥藤家の富を示す大避神社や酒蔵が点在しています。坂越浦会所は赤穂市が文化財に指定して解体復元しました。近年、坂越の町全体を観光スポット化する取り組みが進んでいます。

このエントリーをはてなブックマークに追加

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする