日本史学びツーリズム

ひと目で日本史のすべてが見える風景

のどかな農村風景のパノラマ写真。矢野荘の中心部は一ヵ所に立ち止まって古代から近代まで、日本史のすべてを語ることができる希有なフィールドです。ワンストップ日本史とも言える地点で、日本でも数えるほどしかない恵まれたところです。

一枚の写真のなかに、

3世紀の初期前方後円墳 卑弥呼の時代
渡来人の秦河勝
奈良時代の条里制
平安時代の秦一族?の邸宅跡
美福門院の皇室領矢野荘と政所
地頭海老名氏と領家による下地中分
皇室から東寺への寄進
東寺と悪党寺田法念の戦い
東寺と農民の戦い 十三日講事件 逃散 一揆
中世の下土井城
赤穂浅野藩
旗本浅野家
作家水守亀の助の生誕地と私小説の舞台

と、古代から中世・近世・近代の日本史が重なり合って写っています。

エビデンスは東寺百合文書と浅野隼人家文書という一級品。

散住から集住へ、人々はいつ頃に村を形成したのか、というテーマもありますね

惣村に検地・村請制度が加わって、江戸時代の村に。高度経済成長までの日本の基本形、これを体感することなくして日本史はわかりません。

矢野荘は中学生や高校生に日本史を教える最高のフィールドです。日本史を教える先生の研修のフィールドや教師志望の学生に日本史の実体験をさせるフィールドにもなります。

矢野荘の大避神社

東寺百合文書に再々登場する土田宮(大避神社)。東寺と悪党寺田法念が戦い、農民たちが講を開いて一揆を企てました。中世の研究者が「聖地」と呼ぶ日本史では著名な神社です。

下土井城が田植えをしたばかりの水田に写っています。山頂に中世の山城があります。堀切や郭がきれいに残っています。

旗本浅野家の若狭野陣屋

パノラマ写真の場所から1㎞ほど西に、旗本浅野家の若狭野陣屋があります。元禄赤穂事件で赤穂藩が断絶した後、浅野家は陣屋を拠点として若狭野三千石を統治しました。1822年、家政改革で藩札を発行、札座は家政改革の拠点として建築されたと考えられています。

中世矢野荘・近世浅野陣屋を起点にした歴史ツーリズム

左が北で中国山地、右が南で瀬戸内海です。若狭野陣屋は浅野赤穂藩領の中心部にあります。若狭野陣屋を通り、ツーリズムのルートを設定してみました。

① 秦河勝の足跡をたどる

三濃山求福教寺→瓜生羅漢→下土井大避神社→若狭野陣屋→坂越大避神社

② 浅野赤穂藩の史跡をたどる

若狭野陣屋→高雄山神護寺→坂越浦会所→赤穂城と大石神社

③ 矢野荘から相生市へ

相生市は荘園がそのまま工業都市になった珍しい小都市です

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