夕陽が泣いている

夕陽が泣いている  2016.10

トランジスタラジオで深夜放送を聞いていた頃、スパイダースの「夕陽が泣いている」が流行っていた。作詞・作曲は浜口庫之助、通称ハマクラ。先日、神戸新聞に「出生地の観点から見直す」という記事が掲載された。ハマクラの父は高知で生まれ、台湾で成功、神戸に移り建設業の浜口組を営んでいたときに庫之助が生まれた。大正六年のことである。

浜口組から一枚の絵葉書を思い出した。相生港に立てられた進水式を祝うアーチに浜口組の文字が見える。播磨造船所50年史を調べると「大正五年、高知県人土木請負業濱口勇吉と工事請負契約を締結した」という記述がある。宿毛(すくも)市史は「神戸製鋼、播磨造船所、帝国人絹工場・・等の大工事を引き受け」と、鈴木商店系列の工場建設を紹介している。この濱口勇吉がハマクラの父になる。

ハマクラはブルジョワ家庭で音楽に親しみ、バンドリーダーとして活躍した後、40才を過ぎて日本の音楽を作りたいと作曲家に転身した。私の中学生時代は全盛期で、「星のフラメンコ」「バラが咲いた」など親しみやすくお洒落な曲が毎週のようにベストテンに入っていた。あのハマクラと相生で仕事をしていた浜口組に関係があると思うと、何となく嬉しくなる。

六十年代のヒット曲はメロディラインが美しいので、いろいろな歌手がカバーを発売している。「夕陽が泣いている」のカバーで、素晴らしいのはブルーコメッツ。井上忠夫のフルートが冴え、スパイダースとは全く別の曲に仕上がっている。GSの二大グループで趣きの異なる演奏を楽しむ。青春時代を思い出す至福の時間である。

このエントリーをはてなブックマークに追加

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする